ジクレー(ジークレー)とは何か知っていますか。
ジクレーとはデジタルデータから印刷する複製画の一種で、フランス語で「吹き付ける」という意味の通り、非常に高品質なインクジェットプリントです。
私は画廊で働いていたときに数多くのジクレー版画を扱いましたが、その品質の素晴らしさとともに原画の再現性の限界も感じました。
様々な画家さんの異なる技法の作品がジクレーになったとき、非常に再現性の高い相性の良い技法と、原画の良さを出し切れない技法があります。
ジクレーにひと手間を加えることで原画の雰囲気により近づけたり、作品としての価値を高める方法など、印刷会社さんのホームページだけでは知ることの出来ないジクレーの詳細についてお話しします。
複製画を販売しようか考えている画家さんには、ジクレープリントを注文する前に知っておいてほしいことばかりですので、ぜひ最後までお付き合いくださいね。
もくじ
ジクレーとは
ジクレープリントとはインクジェットプリントの一種ですが、一般的なインクジェットプリントとどう違うのでしょう。
ジクレーには約200年もの保存性がある顔料インクが使われており、表現できる色数が圧倒的に多く、吹き付けたインクの点がランダムに細かく並ぶことで非常に繊細な表現が出来ます。
作品を高解像度でスキャンし、作品の劣化を防ぐ中性の版画用紙などにこのインクで印刷することで、美しく耐久性のある高品質な複製画を作ることが出来ます。
ジクレーの美しさ
ジクレー印刷の美しさは、例えば一般的な印刷で刷られたポストカードと見比べると、違いがハッキリ目で見て分かります。
まったく同じ絵柄の場合、ジクレーとオフセット印刷のポストカードなどでは色が全然違います。
表現できる色域が圧倒的に広いため、ジクレーの方が豊かな深みのある色に感じられ、ポストカードの方は色が浅く感じられます。
顔料インクの発色も素晴らしく、とても色がキレイです。
色がキレイで深みがあると、不思議なことが起こります。
私は何年も画廊で働いたのですが、その間に飽きやすい絵と長く飾っていても飽きない絵があることに気が付きました。
不思議なことに、ジクレー印刷より品質の劣る高精細印刷(一般的な印刷よりはキレイ)の作品は長く飾っていると徐々に飽きてくるのに対し、ジクレー印刷ではなぜか飽きにくかったのです。
これは作家さんや絵柄の違いから感じられるものとは別の感覚でした。
これはエビデンスではなく、あくまでも私個人の想像なのですが、人間の脳は一般的な印刷で出せる色数にはすぐ慣れてしまう一方、色数(情報量)が豊かだと脳が飽きにくいのではないかと思うのです。
実感としてとても気になることだったので、一緒に働いていたスタッフさん達にも何度かその話をしたことがありますが「それはあるかもしれないね」と皆さんが肯定的でした。
版が無いのに版画?
ジクレー印刷で作った複製画を枚数限定にし、エディション番号とサインを入れたものは「版画」と呼ばれています。
木版画やシルクスクリーンのような版がないインクジェットプリントであることから、「これは版画ではない、印刷だ」という意見を持っておられる画家さんもいらっしゃいますが、広く一般的にジクレー版画も現代の版画として認知されています。
これほどまでにジクレー版画が広がったのは品質の高さだけでなく、原画の存在しないデジタル絵画が増えそれを印刷するのに適していること、在庫を抱えずに済むことなどが大きかったと思います。
たとえばシルクスクリーン版画の場合、ひとつの絵を版画にする為にたいへんな数の色をインクを調合して作ります。
ロットによって色が変わるといけないなどの理由から、100枚限定の版画であれば、一気に100枚刷ってしまう必要がありました。
旧来の版画は作るときに一度にたくさん費用が掛かりますし、売れるまでの保管場所も必要になります。絵柄の数だけそれが必要になるのです。
一方ジクレー版画はデータさえあれば少量ずつの印刷が可能、1枚ずつでも良いのですから在庫を抱える負担がありません。
これがジクレーが版画界に広がった一番の理由だと思います。
ジクレーの再現性の限界
ジクレーとは非常に優れた複製画で、原画そっくりに出来ると画家さんにも人気ですが、実際に数多くのジクレー版画を見ていると、原画と見まごうほどよく出来ていると感じる絵と、これはジクレープリントにしなくても良いかなと思う絵もありました。
ジクレーと相性の良い技法
ジクレー版画にしたときに非常に満足感の高い仕上がりになる絵の技法は水彩画です。
これは本当に良く出来ているなと思いました。
ジクレーで再現するのがやや難しい技法
ジクレーが原画の良さを再現しきれていないと感じたのは油絵です。
ジクレーはキャンバスに印刷することも出来ますので、原画が油絵の場合はキャンバスに印刷して雰囲気を似せることは出来ます。
それでも油絵の持つこっくりとした重厚感が出ないのです。
それは表面の凸凹であったり、油絵特有のヌラッとした輝きなど、質感の再現が難しいからだと思います。
ジクレーは紙やキャンバス以外にも印刷が出来ますので、原画のように下地を凸凹に加工した上に印刷すればもっと原画に近付くとは思いますが、複製画を作るための工程が増えるほど費用がかかり販売価格も上げなくてはいけません。
原画の販売価格と複製画の販売価格に大きな差がないのであれば、油絵は原画で販売したほうがお客様は喜ばれます。
ジクレー版画の作品価値を高める方法
ジクレー印刷には手を加えることが可能です。
たとえばアクリル画の場合、ジクレーでは一般的な印刷よりはるかに鮮やかな発色で原画に近い複製画が出来ますが、やはり質感の部分で原画そっくりとまではいきません。
そんな時に表面にツヤ加工を施すことで、ジクレー版画でもより存在感のある表現が出来、アクリル画の原画の雰囲気に近付けることが出来ます。
ジクレープリントした表面に透明なメディウムを荒々しいタッチでかけることで、油絵風の雰囲気を出すことも出来ます。
普通のジクレー印刷だけでは金銀の表現が出来ませんが、追加の処理で金色も再現したり、金箔を貼ることも可能です。
ジクレープリントの上から画家本人が加筆することで、版画の作品価値を高めることも出来ます。
ジクレーで複製画を作るときの注意点
わたしが画廊で扱っていたジクレー版画は再現性の高い美しいものでしたが、それはおそらく画家を交えた色校正を何度も行ったうえで作られた版画だったからだと思います。
注意しなければいけないのは、ジクレープリントとは優れた印刷方法だけれども、色校正なしに原画そっくりに仕上げるのは難しいということ。
ジクレーを扱う印刷業者さんが増え、誰でも少量から印刷をネットで注文出来るようになりましたが、価格の安いところは完全データ入稿の色校正なしというところもあります。
低価格のところでは色校正はオプションとして別料金がかかるものと考えた方が良いでしょう。
最近は注文が入ったらジクレー印刷し、業者さんが発送してくれるという便利な作家登録型のECサイトも出来ていますが、そういったサイトで販売される場合は、印刷の仕上がりが許容範囲の出来かどうかご自身で発注して確認されることをオススメします。
まとめ
ジクレーとは美しく保存性の高い複製画を作ることの出来る印刷方法です。
絵の再現が得意な技法とそうでない技法があったり、複製でもしっかりした品質の作品にするためには色校正が必要になりますが、印刷会社さんとしっかり話し合って作り上げれば満足のいく良いものが出来上がると思います。
あなたが複製画を作るときのご参考になれば幸いです。