大手の画材メーカーさんが競うようにアクリル絵の具やアクリルガッシュを熱心に発信し、町の小さな文具店で絵の具コーナーに並ぶ絵の具というと透明水彩やアクリル絵の具(アクリルガッシュ)が目立つ今の時代に、私は仕事を含めポスターカラーのヘビーユーザーであり、水彩絵の具においては不透明水彩をベースに選んで使っています。
これまで公募展に何度か参加しましたが、まわりの作家さんたちでポスターカラーを使って描いている方にはあまり出会ったことがありません。
学校の美術の授業でもポスターカラーではなくアクリルガッシュを使うことが増えてきているようです。
魅力的で高品質な新しい絵の具も登場するこの時代に、なぜポスターカラーを使う必要があるのか。
なぜポスターカラーでないといけないのか。
絵を描くことを愛するひとりの素朴な絵描きとして、仕事で絵を描くひとりの画家として、世間の常識より真実を見てものごとを決めたいひとりの人間として、私がポスターカラーという絵の具を選んだ理由についてお話ししたいと思います。
ポスターカラーとの出会い
美術の授業
他の多くの人と同じように、私もポスターカラーを初めて手にしたのは中学校の美術の授業でした。
美術の授業では物を立体的に表現する方法として立方体の一番明るい面、一番暗い面、その中間の明るさの面と塗り分けるような勉強や、レタリングの勉強などにポスターカラーを使い、絵画やイラストを描く為の絵の具というよりお堅い勉強という感覚の方が強かったように思います。
その頃から毎日絵(イラスト)は描いていましたが、当時は色鉛筆が好きだったのでプライベートではポスターカラーはほとんど使いませんでした。
高校では美術の先生が日本画好きだったこともあり、授業では日本画の絵の具(手軽に使えるチューブタイプ)を使いました。
美術部では油絵を描いていました。
学生時代にポスターカラーを使ったのは、中学校の美術の授業、体育祭や文化祭のポスターを描くとき、それと美大受験のために通ったデッサン教室で受験対策に絵を描くとき(と受験実技)くらいで、美術系大学に入ってからはポスターカラーはほとんど使わなかったと思います。
絵の師匠との出会い
大学を辞め、画家として生活することもなく画廊に勤めながら「この先趣味で絵を描いていくのだろうな」とボンヤリ感じていた頃、後に絵の師匠になるきいかわ宗圓先生に出会いました。
この先生はグラフィックデザインにとどまらずCIやインテリア、企画などもこなすデザイナーで、各地の百貨店でサイン会が開催される画家でもありました。
和モダンを得意としていますが、父親は竹内栖鳳や金島桂華に師事した画家であり、母親は大阪画壇で活動していた画家という日本画の流れを受け継いだ絵描きさんです。
私は大学で日本画とは別のコースを専攻したのですが、浮世絵の画集を集めるなどもともと日本画に強い憧れを持っていました。
ほんならポスターカラーで描き
はい?
ポスターカラー持ってるか?
持ってますけど…
あの、ドーサの引き方とか、絹本とか、岩絵の具とか教えていただけませんか…
ん、とりあえずポスターカラーで練習し!
…ハイ…(うおおん…)
なんかようわからん。
なんかわからんのやけど…この人の絵は上手い、そしてオモロイ、そして50年絵を描いてご飯を食べてきはった先生や…。
先生が壁に絵を描いた料亭(天王殿)にはテレビの収録も来るし、各国外相の集まる会場にもなっています。
そんな先生がまずポスターカラーで描けと言うなら、なんかようわからんけどポスターカラーで描いたる!(えらそう)
それが私が再びポスターカラーを使うことになった理由です。
絵の具の使いやすさ
師匠が「あれも描きこれも描き」と仰るのに正直めんくらいながら意味もわかずジャンルを飛び越え色々なものを描きましたが、よく考えるとどれもこれもポスターカラーで描けたものよな、と思います。
どんなものでもポスターカラーで描けた気がします
「ポスターカラーを使いなさい」と師匠に言われたものの、「他の画材を使ってはいけない」と言われたことは一度もありません。
むしろ「良いと思ったら何でも使いなさい」「他の人が使っていないものも使いなさい」という先生なので、私はポスターカラー以外にも透明水彩やアクリルガッシュ、クレパス、パステル、水彩色鉛筆など色々な画材を使って絵を描いてみました。
そうすると
けっこう難しかった
透明水彩もアクリルガッシュも
イラストを描く人ならよくご存じだと思いますが、輪郭線は何本も迷うような線がなく一本の線でスッキリ描かれている方がキレイなように、絵の具で絵を描くときも余計な筆を入れない方が美しく仕上がります。
透明水彩とは余計な筆を入れないで描く最たる絵の具だと思います。
塩を使って色を抜くなど面白いと感じる一方、透明水彩は美しく仕上げるのにそこそこ技術が必要だとすぐに気が付きました。
透明水彩の場合、水彩紙を厳選すれば描きやすさのハードルは下がりますが、描き慣れていないうちから高い紙を購入するのには少しためらいがありました。
アクリルガッシュは水彩絵の具のようにも扱えると聞いていましたが、実際に使ってみると輪ジミのようになってしまったり、パレットで混色している間にもう乾き始めてしまうなど、絵の具の特性に手を焼きました。
これはリターダーなどのメディウムを併用したり、キャンバスを濡らすなど対処法がありますが、私にはストレスだったことと絵の具そのものの感触も少し荒く感じられました。
ポスターカラーをはじめ水彩絵の具の場合、合成繊維より天然毛の筆の方が描きやすいのですが
それは水彩絵の具がとても繊細な筆の運びについてこれる絵の具だから、とも言えます。
アクリルガッシュの場合、水彩絵の具に使用出来るやわらかな羊毛筆などは絵の具に負けてしまい、まともに使うことが出来ませんでした。
ブルンとしたアクリル系の強い絵の具に負けない筆となると、合成繊維毛や天然毛でもかなりコシの強い毛になります。
壁画を描くというような用途であればオッケーと思いましたが、額縁に入れるような絵を描くときには私には大味に感じてしまいました。
ポスターカラーの場合はアクリル絵の具(アクリルガッシュ)のように特別なメディウムなどが必要なく、絵の具と筆があればすぐに始められ、安い紙だろうとそこそこ描くことが出来、少々描き直して塗り重ねても透明水彩のように筆跡が悪目立ちすることがないという、使いやすさに非常に優れた絵の具だと改めて気が付いたのでした。
発色の良さと存在感
透明水彩やアクリル系の絵の具も、その絵の具だからこそ出来る表現というものがある優れた絵の具であり、きちんと使い方を学んでテクニックを身につければ私の感じた難しさはクリアできるものです。
ただ(今後はわかりませんが)、その時点での私の描きたいものとアクリル系絵の具はあまり合っていなかったということと、透明水彩の色の薄さは気になるところでした。
絵には様々な用途があり、額に入れて飾る絵ばかりでなく、絵本の絵、洋服やカーテンなどのテキスタイルの為の絵、パッケージデザインの為の絵、ゲームのキャラクターの絵、建物の外側または内側の壁画の為の絵など、ジャンルは沢山あります。
私の場合はたまたま画廊で働いていたこともあり、特に「インテリアとして壁に飾る絵」として数多くのプロの画家さんたちの絵を見てきましたが、色の薄い絵よりしっかりと色のついた絵の方が存在感があり、長期間目にしてもあきにくく、直感的に高額な値段でも受け入れやすいという傾向があることに気が付いていました。
これは私個人のみの感じ方にとどまらず、多くのお客様の反応やリピーターの方の感想などにも共通していた感覚です。
同じ手間をかけて描くのなら、色が薄いより濃い方がトクだわ…
透明水彩でも人気の画家さんはいらっしゃいましたし、必ずしもこの法則に当てはまらないこともあります。
それでも私は経験上、インテリアとしての絵にするなら不透明水彩、ポスターカラーの発色の良さとしっかりとした存在感の方を選ぼうと判断しました。
色あせの不安という壁
徐々に上達し公募展で賞をいただいたり、似顔絵肖像画家として企業から注文をいただくようになった一方で、私には心のどこかにポスターカラーの品質に対する不安がありました。
私が数年前に描いた絵や、師匠が数十年前にポスターカラーで描いた絵というのを目の前にして、目視で確認できるような色あせは感じたことがありませんでしたが、インターネット上ではポスターカラーは色あせする絵の具だとまことしやかに紹介されている記事をいくつも見ましたし、古本で手に入れた数十年前の絵画の総合的な技法書では「耐久性も信頼性も欠ける」と説明されていました。
かつて文房具屋にもあったポスターカラーが次第にスミに追いやられ、アクリル絵の具(ガッシュ)が代わりに台頭してくるという時代の変化にも気が付いていました。
もしかして、時代遅れなのかな…
わたしはもう一度アクリルガッシュを手に取り、桜の絵を描いてみました。
技術が未熟だったこともありますが、やはりどうしても大味な雰囲気で自分の表現したい感じにはなりません。
アクリル系が作風と合わないなら不透明水彩(ガッシュ)に完全に移行しようかとも思いましたが、ポスターカラーで身につけたテクニックの一部は不透明水彩で再現することは出来ませんでした。
私は画廊で働いていた経験上、絵の具(インク)の耐光性=絵画の耐久性ではないことを知っています。
私が販売していたジクレーという版画は100年、200年色あせない顔料がインクとして版画用紙に刷られ、額縁に入れられてお客様の手に渡り(どんな環境かわからない)壁に飾られるなどした場合、自信をもって「もつ」と言って良いのは30年でした(そのメーカーでは)。
色あせやヤケについては、飾る環境、保管する環境の影響もあるのです。
いづれにしても私はポスターカラーの色あせについての正しい情報を手に入れる必要がある、そのためには古い本の情報やインターネット上の真贋のわからない情報でなく製造メーカーに問い合わせることだと思い、ニッカーさんへ確認してみたのです。
その経緯とニッカーさんからいただけたお返事については、こちらの記事で詳しく紹介しています。
品質への確信
ニッカーさんからのお返事をいただき、私の心は決まりました。
大丈夫
ポスターカラーで描けば良い
画廊の仕事の経験などから判断し、自分で決めた基準を超える金額で販売する時には岩絵の具に切り替えよう、あとはポスターカラーでも大丈夫と決めたことでモヤモヤはふっ切れました。
初心者に優しい絵の具
はじめ難しいと感じた透明水彩やアクリルガッシュですが、たぶん今の私が再び挑戦したら以前ほど苦労せずに絵の具をあつかえると思います。
それはどのような絵の具でもひとつの絵の具である程度絵が描けるようになれば、他の絵の具を使うとなった場合にも応用が利く部分があり、完全な初心者というスタートではないからです。
ポスターカラーは絵の具の濃度を濃くすればアクリルガッシュのように、水で薄めれば透明水彩のような表現が可能です。
水彩絵の具のように使いたい場合、絵の具の定着力が弱くならないようにメディウムを混ぜるほうが良いのですが、描いた絵を販売したり長期保存を望むのでなければそこまで神経質にならずとも、水で薄めればじゅうぶん描けます。
ポスターカラーはもともとの絵の具の使いやすさに加え、絵の具と水だけで透明水彩風にもアクリルガッシュ風にも描くことが出来、将来的にやっぱり透明水彩やアクリル絵の具(ガッシュ)で描いてみたいとなった場合にも共通点があることからスライドしやすいのです。
初心者が絵をはじめようとしてつまずきやすいのは、絵の具の扱いが難しいことや、手入れが面倒なこと、初期費用がかさむことなどがあると思います。
私の師匠は若いときお金がなくて、絵画教室で油絵を習っていたときにひとりだけポスターカラーで描いていたそうです。
どんな安い絵の具なのかと心配しないでください。
画材メーカーさんは誇りをもって良い絵の具を作るために努力されています。
ポスターカラーはメディウムなどを買いそろえなくても絵の具と水で描くというシンプルな方法で様々な表現が可能、筆やパレットのお手入れも水で洗うだけ、絵の具は他の画材と比べてリーズナブル。
ポスターカラーは初心者が絵を始めるのに優しい絵の具です
まとめ
どの絵の具にも優れた特徴はあり、その一方で弱点のようなところも何かしらあるものです。
たとえ多少難しくても少し値段が張るとしても、あなたが好きだと思うなら、どんな絵の具でも挑戦してみられると良いと思います。
先程も書いたように、一つの絵の具を使い慣れれば他の画材にも応用は出来ます。
もしも選んだ画材につまずいてしまったとしても、絵を描きたい気持ちをあきらめるのは勿体ない。
ほかの画材なら描けるかもしれないのだから。
そんな時はポスターカラーのことも思い出してください。
はじめからポスターカラーを選びたいという方は、安心して使ってください。
ポスターカラーは絵を描く楽しさを身近にしてくれる絵の具です。
そして初心者だけでなく、プロになっても使い続けることの出来る良い絵の具です。
先生、わたしほんとうは日本画を描きたいんです